伝えきれない感謝を込めて

25期生(2018年卒)保護者 小松 龍騎・母

【エデュコとの出会い】

 上の姉の中学受験でエデュコと出会いました。・プロフェッショナルである・授業の振替が可能である・個人に目の届く小規模という条件が揃ったために選んだその塾が、これほどまでに愛すべき第二の我が家となるとは、その時には思ってもみないことでした。

 姉のいるエデュコは息子にとって入塾前から「ぼくの塾」でした。我が物顔でエデュコに出入りする小さな息子の姿は今でも目に焼き付いています。息子は「この塾に通うのだ」という憧れと誇りを持つようになっていたので、新3年生(2年生の2月)からすぐに入塾させました。エンブレムをつけ、誇らしげに通う息子の姿をみながら「この受験は既に意義を持った」と思いました。


【自己肯定感を得る】

 それからのエデュコは我々にとって単なる中学受験のための塾ではなくなりました。「エデュコ生である」ということ、「認め合えるエデュコ友だちができた」ということ、「信じられる師と出会えている」ということ、そのすべてが息子に「自己肯定感」を与えてくれました。

 きっとそれは「帰属意識」と言えるものだったと思います。厳しい社会に出た時、子どものころからエデュコで積み上げた「自己肯定感」は必ず支えになると思います。


【家庭の考えへの尊重】

 息子の受験を語る時、リトルリーグ(硬式野球)は欠かせません。無謀とも思えるこの両立は、各家庭の考えを尊重しようとするエデュコでなければ認められなかったと思います。土日祝日は早朝から夕方まですべて野球でしたし、熾烈なレギュラー争いの世界で、平日も自主トレーニングを欠かせない毎日でエデュコの課題をしていましたから、家庭のサポートも自己管理も十分でないことが多くありました。

 それでもただの一度もエデュコで否定されることはなく、ユニホーム姿のままエデュコウェークリーに駆け込んだり、土曜日のクラスに通ったりもしました。「塾に野球帽」という奇妙な格好をした我が子をエデュコ生達は受け入れてくれ、保護者の方々も温かく見守ってくださいました。そういう集団意識は画一的な受験でなくて良いとするエデュコの理念そのものなのだと思います。

 受験本番も息子は数回チームを休みはしたものの、退団せずに受験に臨み、終わってすぐの二月十日から練習に戻りました。余談ですが、二月十一日の公式戦では十打点を叩き上げる大活躍で南部ブロック大会を制し優勝しました。監督やコーチには驚かれましたが、中学受験を乗り越えて副次的に得られるものとして、湯田塾長先生はニヤリとされるであろうと思います。


【クロス・トレーニングの実現】

 スポーツ界に「クロス・トレーニング」という手法があります。専門外の競技をすることにより、専門分野では鍛えられない肉体や、身体能力を向上させていくというものです。総合的な身体能力が高まり、結果として専門ジャンルでの能力が劇的に向上していくのだそうです。受験と野球の両立をポジティブに捉えるとすれば、そういう利点もあったかもしれません。特に、合格最低点に対するエデュコの考え方は今最も野球に活かされています。

 一月受験初日を終え結果を見た湯田先生は、翌朝の激励場所で息子に「問題を開いてすぐ〝しめた〟と思っただろう?」とおっしゃいました。「小松くんはそういうところがあるよ。合格に届くような戦い方をすること。変なところに力が入らないようにね」。 言い当てられた息子は安心感をもって素直に実行しました。「ぼくを分かってくれている人がいる」どれだけ心強かったでしょうか。信頼関係を構築できたエデュコだったからこそ、文武のクロス・トレーニングが実現したと思っています。


【そうだ、神社に行こう】

 そんな素晴らしいエデュコですが、一つだけ助けてもらえないことがあります。もちろん何でも相談に乗ってくださいますから、面談はたくさん行けばいいのです。それでも、親の心の中にある「弱さ」というものは、湯田先生の力をもってしても、どうにかなるものではありません。

 突然襲ってくる不安感。「どこにも決まらなかったらどうしよう。全てが無駄になったらどうしよう」。秋頃、そんな気持ちに襲われたことがありました。息子も秋頃に落ちていく自分の偏差値を眺めながら、「やっぱり、二兎を追う者は一兎も得ず、なのかな」と、つぶやいたりしていました。

 そこで、「余計な邪念を落としに行こう!」と、二人で氏神さまに通うことにしました。五円玉(御縁玉)を握りしめて鳥居をくぐり、お辞儀をし、手を叩き、祈り、帰宅する。そんなことを繰り返しているうちに、自然と気持ちが落ち着いてきました。

 心をリセットしたり、神聖な気持ちになれるような場所ならどこでも良かったのだと思いますが、こればかりは自分の力で乗り越えなければならないものでした。神社通いによって「導きを受け止める覚悟」ができました。最高の結果が出なかったとしても、それは「悪いことではない」と思えるようになりました。それからは息子も「塞翁が馬だ」と、つぶやくようになりました。


【人間万事、塞翁が馬

  一月十日から始まった受験期間に息子は急激に成長しました。四年間で染み付いたエデュコ魂と、「生え抜きエデュコ生」のポテンシャルと、激励先での先生方からのアドバイスで、ものすごい勢いでアウトプットが始まりました。

 私の目には魔法のように映りました。家では泣いたり笑ったりしながらも、受験会場では立ち居振る舞いに気をつけ始めた息子に確実な成長を感じ、中学受験の意義はこれほどまでなのかと思いました。「結果は〝人間万事、塞翁が馬〟。それが人間の優劣を決めるわけじゃない。〝どんな生き方をするか〟それが大切だ」と唱えました。共に戦うエデュコ生の顔が浮かび、仲間の健闘を祈る気持ちが込み上げてきた時、なによりもエデュコを選んだことに間違いがなかったと強く感じました。


【第二の我が家があるという幸せ】

 六年生の最後の夏期講習を目前に、父親が心筋梗塞の疑いで緊急入院をするという局面がありました。生活が一変し、夏期講習を全てキャンセル。後期に予定していた男子名門特別クラスに通うことも叶いませんでした。

 「国語はナミヘイが心の中にいるから大丈夫。お母さんとやり直す。総まとめは自分でやる」と言ってくれた息子を頼もしくも思いましたが、なによりもそんな異端な我が家を様々に励まし続けて下さった先生方に手を合わせるような気持ちで頑張りました。

 激励の和光市のホームで齋藤先生が両手を広げてくださり、その胸の中に飛び込んで行く息子を見ながら、核家族が当たり前になった現代でたくさんのお父さんたちに愛してもらえる息子を羨ましく思いました。間違いなく息子の財産です。

 また、二十五期生とその保護者の方々にもお礼を申し上げたいです。受験という目的で集まった仲間が、お互いの奮闘を讃い合え、友だちの良い結果を心から祈ることができる。このような美しい関わりはエデュコが第二の我が家であり、学友が兄弟である証です。本当にありがとうございました。お伝えしきれないほどの大きなご恩は必ず社会へ還元致します。

 エデュコの先生方、スタッフの皆さま本当にありがとうございました。